つくねん

ただの日記

行動展示

 

咳がよくなったり、また出たり。

 

冷たい空気を吸うと気管が刺激されて

咳がでるんだけど

今外でゴホゴホやってるとよくないよなぁ。

近所の本屋さんは営業時間の縮小、入店の人数制限、マスク着用していないと入店不可、発熱や咳ありも入店不可

という方針を打ち出していた。

 

週末はちゃんと自宅謹慎をしていて

昨日はほぼ布団の上で外出時間は14分、総歩数999歩という

非生産性の行動展示みたいなことになっていた。

今日はもう少し外に出てたかな。

といっても近場をうろついてただけで30分くらい。

 

年上のお姉さんが、

夢にあなたが出てきて泣くものだから気になった。なにかあったら言うんだよ。

と連絡してきてくれた。

人の夢にまでお邪魔してびぇーびぇー泣いているとは迷惑極まりない。

とりあえず、ご心配いただきありがとうございます。と返した。

 

そうやって心を寄せてくれるのって

すごいことだな。

不思議だなぁ、と思う。

彼からのLINEにも、困っていることとかないかと書かれていて

不思議だなぁ、と思った。

もし私が困っていたら、

きっとそれなりに助けてくれるのだろうなぁと思う。

お姉さんも彼も、大人だから。

このほかの友人も、

例えば地元の友人は昨日の地震すぐに大丈夫?と連絡をくれたし

京都の友人はマスクある?少しなら送れるよ、と連絡をくれた。

東京の友人もなにかと心配をしてくれるし、

大阪の友人もそう。

みんな、きっと私が何かに困っていたら

それなりに助けようとしてくれるんだろうな。と思う。

それってめちゃくちゃありがたいことだな、と感じている。

逆に彼や彼女らから何か助けを求められたら

私もできる範囲で助けようとするだろう。

 

少し前、マイルドヤンキーなんて言葉があったけど

この感染症流行の時世と

最近の自分の心の動きを見ていて

結局、私も自分の手の届く、顔の見える人たちが一番大切なのだな、と当たり前のことを思う。

 

話を戻して。

そうやって手を差し伸べてくれる友人や知り合いや、はたまた恋人に対して。

友人たちには本当に困ったら相談はしそう。

知り合い、はどうだろう。

恋人には、しなさそうだな。

わかんない。

するかもしれないし、しないかもしれない。

3:7くらいだな。

と、自分のことを見ていて思う。

信用・信頼していないとか、そういうことじゃ全くないんだけど。

そもそも、誰かに相談したりましてや助けを求めたりというのは私の特に苦手なことなんだな。

 

そうやって言ってもらえて、それをありがたいと感じていて、

それで留め置いておくのがお互いにとって一番いいのではないか。なんて思う気持ちが強いんだと思う。

そういうのって挨拶みたいなもので、相手にはそこまでの本心はなくても

ただの礼儀としてそう書いたり言ったりしてくれているだけなのかも。

それを真に受けて突っ込むと、おいおいおいまじかよ。と思われるんではないかと、思う気持ちもやっぱりあるなぁ。

なんでこんなふうに思うんだろうか。

きっと、おそらく、ちゃんとそう思ってくれているのに。