つくねん

ただの日記

考えが違う

 

2020年になったらしい。

 

今回の帰省で気がついたことなのだけど

うちの親の話し方が独特な気がする。

いや、他の例がないからわかんないけど。

 

誰それさんがこういうことを言っていた、

ということを話すとき

誰それさんとそれに受け答えする親自身の一人二役をやる。

朗読劇みたいな感じ。

そのところどころに、潤色や誇張が入る。

本人は気がついていないみたい。

その劇に出演させられて(私役を親がやってるんだけど)、言ってもないことを言ったことにさせられるとき

私はストレスを感じる。

 

まぁそんな朗読劇的な話し方をするから

また話が長い長い。

それで勝手に感極まって泣いたりする。

誰それさんが○○○と言ってた。

と言えばすぐ済むのに。と思う。

 

今回も(予想通り)泣いてた。

誰それさんがという話じゃなかったけど。

ストレスである。

 

正月の挨拶で

よく知らない人と

いつも誰それがお世話になっておりますだなんてやって

体力と気力がすり減ってしまった。

 

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うちの人たち、

気軽に人を馬鹿にしたようなことを言うし

それを当人に向けても言うことがあるのだけど

ついさっき

そうやって人を馬鹿に見るようなことはやめれば、と言ったら

馬鹿なんだから多少のことを言ってもわからない。

と返ってきて、しんそこ呆れてしまった。

そういうことを言わないのは、

自分のためでもあるんじゃないのか。と私は思うのだけど

考えが違うようである。