つくねん

ただの日記

情熱とか無気力とか

 

最寄り駅前や

最寄りスーパー前で

ポケモンGOに興じる人たちの群れを目にするたびに

なんかすごいなぁ。と思う。

飽き性だし、面倒くさがりやだし、

親からゲームや漫画・アニメを禁止されていたのも多少影響していると思われて、

こういうゲームの

面白さをよくわからないでいる。

 

携帯2台もちの人も珍しくなく、

しきりに画面をスワイプして、おそらくポケモンゲットに精を出しているものと思われる。

よく飽きないなぁ、と思うとともに

彼らもいつまでもポケモンをゲットしているわけでもないだろうから、

そうした時に、

今のこのポケモンゲットに向けられている情熱はどこにいってしまうのだろう、

と考えてしまう。

新たな他のゲームかな?

 

ここまで情熱を傾ける対象は私にはないように思われて、

その熱量と、人の多さに毎度感心する。

不思議、ほんと。

みんなポケモンをゲットしている横を、手ぶらでだるそうに通るだけの人間。

 

同じように育ったはずの上の兄弟は、

一時期、モンストばかりやっていて

歩きながらモンスト、ご飯を食べながらモンスト、寝ても覚めてもモンスト、

何かと言うと会社の人と(モンスト上での)約束があるとそればかりやっていたので

年に2、3日しか会わない私もうんざりして

(そして何より、何も注意しない周りにもうんざりして)、

携帯が壊れればいいのにな。と思ったりしていた。

それは情熱というより、時間つぶしのようにも思えるし、

ただそれをしていれば、何をやるかを考えなくていいという楽さのようにも思えた。

 

ただ何もない時間を過ごすことが堪え難いのかもしれない。

そうすると、私はただ何もない時間を

天井や壁や、時に海や空や風景や人をただ眺めて過ごしている訳で、

上の兄弟にとって私の過ごし方は最悪なのではないか。とふと思った。

まあ逆も然りで、

よくわからない、すぐ飽きそうな、モンストを延々やらされることになったら

私も堪えられないと思うんだけど。

 

ポケモンを頑張る人も、もしかしたら情熱ゆえじゃなくて無気力ゆえなのかもしれず

無気力も極めれば情熱の形をとるのかもしれない。なんて

よくわかんないことを思っていたのでした。

 

 

なんだか少し頭が痛い。

風邪気味なのかな。

明後日飲み会なの忘れてた。

 

熊本の次の旅計画を考えはじめました。