つくねん

ただの日記

クリスマス

 

飲み会帰り。

なんか駅でやたら男女が密接してんなぁ、と思ったけど

今日クリスマスだからかな?

 

今日の飲み会に素敵だと思ってる人が来てたけど

素敵だったな。

岡山出身ということがわかった。

シャツにカーディガンだった。

 

芸能人で誰が好きなの、と言われて

私の隣に座ってた知人が

堺雅人、と私の代わりに答えると

それはまた難しいタイプだなぁ!と言われた。

年下と年上どちらがいいの、ときかれたので

年上ですかね。と言ったら

そういう人に限って年下にころっとやられるんだから。と3人くらいから言われたけど、

そんなことあるのかしら。

10が10揃ってる男なんかいないんだから。

と、これもなぜか男性陣みんなから言われたな。

 

箴言として

そこそこの年の医者で何もない奴は大抵やばいやつだから気をつけろ。

と言われたのだけど(3人医者がいたので)、

どうでもいいな、と思いました。

 

そういう浮いた話みたいので

遊ぶのやめてほしいけど、

なんだか人間の怖い話もきいて(人間が社会的存在が故の怖さ)、

やだなぁ、ほんとやだなぁ、人間。と思うなどしました。

 

なお素敵な人はそんな話に与せず

ずーーーっとビール飲んでたな。

 

でも時たま手を叩いて笑っていたので

人はなぜ飲み会で手を叩くのかという

たまに好きな人とする話を私は思い出していたのだった。

 

さて。

友人から、よく知ってた人が自殺してしまった。と連絡がきた。

明るくて意欲的な人でそんな素振りはちらっともなかったらしい。

私はもちろん存じ上げないけど、

人が死んでしまったその事実に対しては

なんとも言えない気持ちになる。

友人にかける言葉もないし。

そうやってひょっこり消えてしまうのだなぁ人って。

いつも思うのは、

少なくとも死んでしまったことによって

もうその人は苦しくはないのだ。ということと、

それくらいしか救いがないなぁということで。

周りはしんどくても。

 

でもそうやって明るく、

意欲的に見える人間にしか

あるいは自分で死ぬ権利がないのかもな、なんてふと思ったりして。

どうであれ人がいなくなってしまったら

言葉はたちまちに消えてしまう。

 

浮いた話より

人生のグルーブ感がどうだとかなんだとか

生き死にとか、

そんな話をしながら飲んでる方が私はやはり好きなんだよなぁ。

 

というクリスマスでした。

外寒い。ねむい。かえりたい。