つくねん

ただの日記

嘘っぱち

 

つかれた・・・・・・。

疲れたついでに、帰りに映画を1本見てきた。

今年70本に到達した。8月の目標達成。

やったー。

オゾンの映画は基本的に好き。

まんま自分のことを見透かされているような気分になることがある。

こっち側の人間の精神の描き方がうまいなぁと思う。

それはそうと、セックスしたくなる映画だったな。

なぜだろう?

オゾンの作品における性の描き方って

なんとなく村上春樹のそれと、全然違うんだけど似てるような気もする。

 

とても綺麗な月がビルの谷間に見えて、

何だか不思議な気持ちになった。

あまりに完璧な月は逆に現実味がなくて。

完璧であることは嘘っぱちであることかもしれないなぁなんて、適当で無責任なことを考えていた。

 

ようやっと家にたどり着いた。眠い。

ふーーーー。

 

豊饒の海、ちょっと誘ってみようかなぁと思って

でもきっと演劇はあまり見ないんだろうしなと思い

いろいろ留保する言葉を置いていったら、それはそれで非常に断りづらいよねと思い

ついでに、これ面白いかわからんものなぁ……とうじうじしたのち

結局バッサリ文章を消した。

舞台も映画みたいに昨日の今日で声をかけて見に行けるなら、誘いやすいんだけどな。

 

サド裁判 上』が、面白い。

 

「さて、法律や裁判所は議論の余地なく神聖だという迷信があります。これは既成秩序の上にアグラをかいた国家の支配者や、彼らと利害を共にする官僚どもがつくり出した迷信であって、サドの文学は、このような迷信に凝り固まった頭の人間に、冷水をぶっかけるような効果があります。わたしに言わせてもらえれば、もし神聖なものがこの世にあるとすれば、人間以上に神聖なもの、人間の自由以上に神聖なものは何ひとつありません。」

 

と、被告人意見陳述の澁澤龍彦の弁。

いいですね。

 

そういえば

昨日、なんでそんなチラチラ見るんですかって言ったら

チラチラみてない凝視してる、と言われて

想定外の返しに言葉に詰まってしまった。

うーん。凝視するほどのものはどこにもないのだが。(そして見られるのが得意じゃないことも知っているはず)

たまに斜め上の返しがくるのですが、

まあ楽しいといえば楽しいのだけど

変わった人だなぁ、とも思う。

日本人っぽくないことも結構言う気がする。

というか感情表現が豊か。というか素直?

その辺は私と全然違うし

そういう表現方法を真似たほうが良いのかなぁなんて思ったりもするけれど、

何も言えないため、結局みぞおちに物理的にアタックして甘えるみたいなことになる。