つくねん

ただの日記

縄文

 

東京国立博物館でやってる縄文展に連れてってもらった。

そんなんやってたんだ〜と思って、

どうでもいいんだけど、狩りから稲作へ(歌)を思い出した。

これ、あれなんだ。いとうせいこうが作詞なの?知らなかった。

縄文時代が好きなんだって。

私は大して知識もないまま行ったんだけど、

面白かったです。

 

人間って何で装飾をはじめてしまうんだろうなぁ。

煮炊きしたり保存したりするのに、最低限、まあ深皿の造形があれば事足りるのに

趣向を凝らし始めてしまうんだから、その人間の本能みたいなところがすごいなぁと思って。

そして、上手いんだよね。蛇とか、まんま蛇だし。

情念が溢れる火炎型土器も複雑な形だし。

あと、蛙って何か特別な存在だったのだろうか?半蛙半人って何??

 

国宝スペース、豪華でよかったです。空間デザインもいいなぁと思っていた。

こういうのを見ると、人間はなぜ装飾し始めるのかということと同時に

祈りとは何か。ということも考えるなぁ。

祈る、という行為やそれを誘発する感情は、人間のずっとずっと根底にあるものなんだな。と思いました。

あと装飾っていうと、仮面。すごいよね。

自分以外の何者かになるという欲求や要求も根源的なものなんでしょうか。

そうすると人間って、本当何にも変わってないんだなぁ。

遮光器土偶は目をデフォルメして、死の表現なのではないかという説もある、という話も面白かったなぁ。

結構人が多かったけど、みんな縄文時代が好きなのだろうか。

インテリだなぁ。東京だなぁ。なんて思いました。

こういう文化資本に楽にアクセスできるってすごく貴重なことだ。ほんと。

 

岡本太郎が絶賛した、みたなことを書いてあったけど

太陽の塔ってまんまこれじゃん・・・・・みたいなの土偶があり、

そう思ってたら、同じことを思ったらしかった。

オマージュですね。

面白かったです、縄文展

 

で、ご飯食べさせてもらってそのあとボウリングをしたんだけど。

右にね、行くんだよね。

レーンが右下がりなのかもしれない。そんなことはないか。

私の番でも私より悔しがったり喜んだりしてくれていたので、

彼はアンプ的役割も担ってくれているのかもしれない。(というか、こうやって喜んでこうやって悔しがるんだという手本みたいなのを見せようとしてくれているのかもしれない??)

腕に筋肉がなさすぎて、本当に腕立て伏せをした方が良いのかもしれないなぁ。

押しつぶされて被害にあってたけど。

 

お花買ってくれた。

カラーとリンドウ。選んでくれた!

長く持ってくれるといいなぁ。

いろいろ昔の話を聞いていたけど、ガッツがあるなぁと思いました。

好きな人にアプローチしたり出かけて行ったり。すごい。

私にはそういうガッツってないもんなぁ。と思いながら聞いておりました。

 

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機嫌よく帰ってきたら、友人から電話がかかってきて

夜勤明けで疲れてるらしくて、攻撃的で口も悪くて

せっかく機嫌がいいのに!とイラっとして、

口が悪い人は嫌いだから直ってから電話してよ。と言ったら謝ってくれたけど

でも今日はもういいやと電話を切りました。

そのまま電話してたらせっかくの機嫌の良さが損なわれるだろうから嫌だったんだよね。友人には悪いんだけど。

でも私にだってそういう権利はあると思えるようになってきたようなこないような。

難しいね。