つくねん

ただの日記

普段忘れてるけど

 

明後日の旅行の準備はいつも通りしてない。

明日寝る前にするか

明後日起きてするか。

新幹線に3時間乗ってるから、

本は持っていかないと。

 

地方と都心の格差について書かれた記事がやや話題になってた。

これ、ほんとわかる。

私自身の問題としても。

いまだに、挨拶のように田舎に帰らないの?と訊かれることが少なくないんだけど

私はいつも、

田舎に何があると思っているんだろう……?

と心底不思議に思う。

逆にそう聞きたいし、

聞いたこともあるけれど、

回答が返ってくることはなかったなぁ。

そう訊く人はだいたいが首都圏か

地方の主要都市出身者だったりする。

 

あと、ここには私が女であるというのも多分に理由として含まれているんだろうな、と感じる。

うんざりしてしまう。

それは置いといて。

 

でも、ほんと

私が

東京生まれ東京育ちの人のことなんか全然想像もできないように

彼彼女らも、田舎生まれ田舎育ちのことなんて想像できないんだろうなぁ。と思う。

たまのレジャーで訪れる田舎と

生活する場の田舎とでは、

おそろしいくらい違う。

何もないことの恐ろしさ。というのは、

忘れてたけど私もちゃんと感じていたことだったと思う。

まともな本屋がなく、

映画館もなく、

美術館なんてもちろんなくて、

本や映画の話をする相手もいない。

幸いにも、

私はそういうものが好きで

そういうものを求めていて、

たまたま大学にいける学力があって

たまたま親もそこには理解があって

たまたま、そういう手段を知っていて

たまたま必要な情報を得るための術を少しながら持っていて

たまたまが重なって田舎から出てこれただけで。

ほんと。

 

友人にも、田舎に留め置かれた子もいて。

夜な夜な彼女の悩みを聞いたりもした、ことを思い出す。

彼女は今も地元にいて、

この間、ぽろっと、なんでここにいるんだろうねと言ってて。

 

自分のことを考えると、

今、人の噂や悪口以外の話題をもてる友人たちがいる。

好きな作家の話とか、みた映画の話とか

永遠とは何かとか、美術とは何かとか

そういうことについて話してくれる相手がいて、

ライブや美術館やなんかのイベントといったものにも気軽にアクセスできて、

ついぞ親族に理解されない色々なことを理解してくれる人たちがいて、

そういうことの全てが、

田舎にいたら得られなかった僥倖で。

普段忘れてるけど。

ほんとそうで。

 

田舎にいるからこその何かもあるんだろうし

それを求めてる人、必要としてる人ももちろんいて

それを否定したいわけではなく。もちろん。

 

たまに、友人がいう。

我々は越境してきたんだと。

越境。

と言ったって、友人は地方都市の出身で

私は僻地の出身で。

友人は全国屈指の進学校の出身で、

私は地方公立校の出身で。

そんな違いがあるけれど、

越境という感覚には得心する。

それに対してセンチメンタルになったりもする。

 

前に一緒に山手線に乗ってて

高校受験だかの参考書を読む中学生カップルをみて

越境という話をしたんだった。

14、15歳のあの子達(山手線に乗って高校受験の参考書を開く、いかにも勉強できそうな中学生)と

14、15歳だった自分との違いについて。

その自分と、今の自分について。

 

地元が地元なので

周りには本当にいろんな人がいた。

その環境は、自分のためによかったなぁと思う。

(と思えるのも、結局は私が運よくそこから抜け出せたからで、そうじゃなかったらと思うとぞっとする。)

仮に私が、都会の、周りには大卒院卒の毛並みの良い人たちがごろごろしてて……というような環境に生まれ育ってたら……

というのもまぁ想像できないけど。

 

まぁ色々あるんだけど、

社会の上澄みのような人たち(とかいうとなんかちょっとあれだけど)ばかりが生きているのではないというのをちゃんと知っているというのは、

少なくとも自分自身にとって

すごく価値のあることだと思っている。

うまく言えないけど。

 

自分はそこからさっさと抜け出てきてしまった。

だからこそ言えることだ、ということもわかってはいますが。ほんと勝手だよね。

 

今日はほんと疲れたし、寝よう。

もうちょっとちゃんと考えるべきなんだろうなぁ。

この辺のことを。