つくねん

ただの日記

こないだのシャツ

 

昨日、友人の恋の話をきいていて

で、思いました。

 

夏前に会った時に好きと言ってた人とは違う人をいま好きでいるらしくて。

夏に言ってた人、結構好きそうだったのになぁ、なんて少し思ったけれど。

恋多いのはよいことだと思う。

私自身はからっきしなので。

 

で、色々いまの人の話をきいていて。

趣味も違い、価値観も違うらしい。

話を聞かせてもらっただけでも、それはわかる。

全然違うもんなぁ。

でも、好きなんだって。

いや、でも、というのは違うね。

好きなんだって。

だから趣味や価値観の違いも楽しいんだって。

で、へえと思いました。

 

自分のことを考えると、

どうも何か共通項がないとつらいなと

思ってしまうタイプだと思っていた。

共通項というか、似た語彙というか。なんというか。

類似性が好意の元にあるのだと、なんとなしに思っていたけど。

でも昔の恋心などを掘り起こすと、

たしかに、好きという気持ちが先行していたかもなぁと思い出したりして。

私はミステリー小説なんて趣味じゃないんだけど、

昔好きだった人に貸してもらって読んでたりしたし。

でも、好きな人に本を貸してもらうというのが多い点では

まあ共通項はあるのかもしれませんが。

というか本を貸してくれる人を好きになる傾向があるのでしょうか?

好きだからその人の好きな本を読みたい?

まぁこれも多分にあるなぁ。

 

とかなんとか、よくわからないけれど。

最近類似性と好意の関係について少し考えたりもしていた私には、

その友人の趣味も価値観も全然違うがそんなことは置いておいて、まず好きであるという言葉は、

本能のPVの椎名林檎の蹴り(の、の、のって続くのきもちわるいですね……)

みたいな感じの(また、の)インパクトがありました。

あと、この歌好きです。

 

なんだかそのことを、昨日からぼんやり考えていたわけです。

類似性だのなんだのは後付けなんだろうな、というのを少し思ったり。

類似性は安心感の元で、安心感の上に信頼が成り立って、

信頼の上で差異も好意的に受け止められるようになるのではないかなぁ。

と今、ちらっと思ったりもしましたが。違うか。

ニワトリとタマゴみたいな話に違いないし、別にどっちでもいいんですが。

こういうことをあまり考えたことがないから、ふわふわ浮いていて

全然うまく感じた衝撃を言語化できないんですが。

 

ともかく、友人のその言にわりと大きなインパクトを受けて帰ってきたのでした。

 

話は飛びますが、

こないだのシャツもらっとけばよかったなぁ。と思いました。 

でも寒いからいっぱい着込んできたと言ってたし(脂肪ないし寒いだろうな……)

そこで1枚とっちゃうのもと思ったの、

えらくはないけどえらいと思うことにしようかな……。