つくねん

ただの日記

市ヶ谷記念館

 

ついに、入りました。

市ヶ谷記念館!

わー!!

前まで連れて行ってもらったことはあるんだけども

それも10年は前のことで

久々に見るあのバルコニーは、やっぱりこう、訴えるものがありますね。

 

ひとりで行くのが心許ないために

午後、

仕事を切り上げて付き添い参加してもらうという暴挙にでました。

ほんとに大丈夫だったのかなぁ。仕事。

と思ったけど、厚意で来てくれてるのにあんまりそういうことを言うのは良くないかなぁとかなんとか。

 

他のところにさして興味がなかったから

もう少し市ヶ谷記念館で時間をとってほしかったなぁと思うけど、仕方ない。

 

大講堂も最高、という感じだったんだけど

何より

東部方面総監室!!

これがみたかったんだよー。

建物自体の場所は移されてるから、

三島さんがバルコニーから見た風景とか、

ヤジを飛ばす自衛官のいたところとか

色々違いはあるものの

わー!!って感じでした。

興奮して語彙力が著しく低下し、わー!くらいしか出てこなかった。

 

どこで亡くなったのかなぁと思って

どこで亡くなったのかなぁと言ったら

ガイドの人にどこで亡くなったんですか?と訊いてくれて

この辺ですだって。

この辺かあ!

みたいな感じで。

扉の刀傷は残されてるけど

さすがにそれ以外はなかった。残念。

バルコニーから垂らしてた檄文とか、残ってないのかなぁ。

鉢巻とか。ないか。

 

刀傷の向こうに関の孫六を握った三島由紀夫がいたんだなぁ。

しみじみ。

 

という具合だったんですけど、

そのほかにも大講堂の遠近法を使った造りとか

床とか玉座とそれに通じる階段とか、

大変興味深かったです。

東京裁判はもっと広いところでやってるように思えるけど

あんな大きさのところにわりと詰め詰めでやってたんだね。

阿南惟幾着用の冬服はこっちにあって、夏服は遊就館らしい。

へえ。

遊就館もこないだ付いて来てもらったけど(彼の思想信条に沿わない場所に連れ回している)

あそこの香り立つ政治性と比べて

ここは意図して抑えられているんだなというのもなかなか面白かったです。

 

色々書きたいことはあるんだけど、

とりあえず今日はここまで。

 

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東部方面総監室からバルコニーを見る。

これは中に入れないと

見られない景色。

わー!わー!って感じでした。頭の中で。

そこに立つ三島さんが見えるような気になってくる。

 

話は変わるけど

側溝と思ってたのが大きな川くらいの差があったと言ってたことについて

どんな人の間にも川はきっと流れていて

それは私と彼の間にもそうで。

私から見ると多摩川くらいのは普通に流れてるわけだけど、

こないだ丸子橋を一緒に渡ったり川沿いを街から街まで渡り歩いたりしたように、

そういうことを比喩的にもできるんだと勝手に思っていて。

その距離に寂しくなることはあるけれど。

私のことはどうでもいいんだけど、

私から見ると彼とその人との間は

側溝くらいの幅だろう、なんて思うのでした。