つくねん

ただの日記

年をとろう

 

天井にクモがいる。

ので、気になってそわそわしてしまう。

どうも苦手。クモには悪いけど。

まず8本足で、どうやって歩いてるんだかと思うし

何より目がいっぱいある。想像するだにおそろしい。

お願いだから外に出てってくださいな。と念じてるけど

でもきっとクモさんには届くまい。

彼らはどうやって入ってくるのか。

 

とかまあどうでもいいんだけど。

 

歳をとるって、どういうことなんだろうなぁ。というのを考えていた。

少し前も考えていたけど、今朝からも考えている。

 

若いということの意味がわかってくるだけでも

歳を取るということにはとても意味があって素敵なことだと思う。

 

と、書いてあった。

若いということの意味ってなんだ。

それをわかることの意味ってなに。

 

少し前には、歳を取るというのは

痛みとの距離がとれるようになることかしら(あるいは、昔の傷から遠ざかることかしら)と考えていた。

でも、15歳の頃と、今の私とを比べて

痛みとの距離の取り方がうまくなったかと言われると、うーんという感じ。

 

 

若いということの意味って何かなぁ。

それをわかっていく過程であるような歳を取るってどういうことだろうか。

 

なんだかぼんやり生きていたら、いつの間にかすっかり大きくなっていて

このままぼんやり歳をとって、そのうちに死んで、ごおおっと焼かれて灰になってしまうよなぁ。

存在していない時間の長さからすると、

存在している時間なんて点にもシミにもならないよなぁとよく考えるけど

なぜその点にもシミにもならない

存在しなくなればなーんにもなくなるこの短い時間のうちに

誰かを好きになってみたり、しんどい思いをしてみたり

綺麗なものを見に行ったり、些細なことで怒ったり

わかってほしいと思ったり、人との違いをあげつらったり

映画を見たり、本を読んだりするんでしょう?

歳を取るってそういうことの積み重ね・・・・・・でもある?

で、それで死んだ時に雲散霧消してしまうのだ。

そういう今あるものもかつてあったものも、これからあるだろうものごともさ。

(しかし、関係性は連綿と続くんだ、というような考え方は好きです。

 だけども、この私が認知している世界はあくまでも私の世界で

 デュシャンがいうように結局のところ、死ぬのはいつも他人ばかり、ということなんじゃなかろうか、と思ってしまう)

 

なんて私みたいな根暗は思うけど。

でもブルーハーツも歌っている。

年をとろう、と歌ってるんだよね。

 

で、歳を取るってどういうことなのか

結局よくわからないし

クモはまだ天井にいらっしゃる。

 

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そしてそんな不確定な生のただ中においても

つば九郎みたさに神宮球場にいったりしてしまう。

つば九郎かわいい。東京音頭は楽しそうだし。