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つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

さくっと嫌な思い出を削除したとして

 

今日、

ニューロンに形成された何かに光を照射することで

トラウマを形成した記憶を消すことに成功したみたいな記事を読んだ。

 

エターナル・サンシャイン」そのまんまだなぁと思った。

それから、

苦痛をもたらす記憶を消すということそれ自体についてぼんやり考えていた。

この技術の実用化が現実味を帯びたときには

臨床倫理の問題にもなりそうだけど。

 

この操作が実用化されることを好ましいと思えない。現時点では。

 

それが苦痛をもたらすとしても

記憶というものを尊いと思っているらしい。多分。

 

また、

例えば記憶は消されず

そこから苦痛だけをすっかり取り除けたとしても

それもどうなのかな、と思う。

 

痛みがあることそれ自体に価値を見出しているわけではないと思うのだけど

結局、そうやって痛がってきたということが

物語を肥大させてるんだろうな。

 

で、

同じく今日

身体性というものについて言及している小文を読んだ。

現代は身体性が希薄で

心身の繋がりを体感したときに人は安心するものだという感じ。ざっくり。

何かしらの嫌な思い出を反芻して痛がっているうちに

好ましくない身体性が再現(再生産)されて

自家中毒に陥るのだろうな。

 

でもでも、

サクッと嫌な思い出を削除したところで

精神的安定は手にはいるのだろうか。

人はこのようにして物語から解放され得るのだろうか。

よくわかんないなぁ。

 

とかそんなことを思いながらコンビニでピノを買いました。

 

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 ふすま。