つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

自意識との付き合い方

 

自意識がぶくぶくと肥って

このままじゃダメだと思う時、

適切な処し方が未だにわかっていない。

 

昔はそれこそ、いろいろとめちゃくちゃにしてたけど

幸いにも体力も気力も落ちてきて、そういうことをやらずに済んでいる。

だけど、やっぱりそういう衝動性のようなものは自分のうちにあって

それとどう付き合っていくのかを、しっかり考えなくてはならない。

今までもそれなりに考えてきたはずではあるけれど、まだまだ足りないみたい。

ずっと、大人になればこういうものはマシになるのだと思っていたけれど

まだあまりマシになったと感じない。

まだまだなのだろうか。

 

落ち着いているという見られ方をするようだけど

こんなにぜいぜいしながら、衝動性を抱えているということとの乖離を

おかしく思う。

 

最近、こういう話を見つけた。

ミハイル・バフチンという人が「リズム」というものの機能について

生の生々しさに直面しないこと、というようなことを書いているらしく。

それを読んで、私の中で羊男が「踊るんだよ」と言ったのは疑うべくもなく。

 

今、ナラティブやらストーリーやらについての本を読んでいるのだけど(自意識がしんどかったため)

物語性からの解放(一時的にであれ)というものをリズムが担うのであるなら

物語の中でそれを、「踊るんだよ」、と言わせたことってすごいなぁと素直に感嘆した。

 

人混みが苦手で嫌いで

知っている人に触られるのも苦手なのだけど

ライブハウスの圧迫感は嫌いじゃなく、むしろ好きで

なるほど、あの密度だと他者の身体との連続性があるし(増幅器的役割を果たすんだろうなと思う)

そこにリズムはもちろんあるし

物語性(≒自意識)から部分的にでも一時的にでも解放され得るからなのかなぁと思いました。

 

そんなところです。

 

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