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つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

区切り

 

2016年最後の日。

 

いつも思うけど

明日は今日の続きで

今日は昨日一昨日の続きにしかすぎない。

でも一応

暦を一周したということの区切りが

今日の23時59分59秒と明日の0時00分00秒の間にあるようで。

 

今年も早かったなぁ、とおきまりのことを思っていたら

昼食の途中で

再来年(もうすぐ来年)、父の13回忌だと判明した。

そりゃ、いろんなものが変わっていくよなぁ。

じきに、父がいた時間より

いない時間の方が当たり前に長くなるんだろうな。

もはや、父は過去で概念で解釈と化している。気がする。

 

先日、

年を重ねるとそれぞれの選択の中身は深まるけど

選択肢が少なくなっていくことをどう思うかと問われた。

ちょうどその頃、

特に何の区切りでもない日々にあっても

賞味期限のような

まさにフェータルな一線をこの時々に踏んづけているかもしれないのだなぁと考えていた。

それは怖くもあるけれど、諦めにもなる、のかな。

 

昨日、また

小さい頃どんな大人になりたかった?と謎の問いが発せられた。

小さい頃は、大人になりたくないと思っていた

恥ずかしいくらい定型の子どもだった。

恥ずかしくて、どんな大人になりたいかなんて考えてなかったよと返したけど。

話はどこにも着地せず、

私の眠気と面倒くささが最大値に達したので電話を切ったけど。

その大人とかいうものにも、知らぬ間に何かの線を踏み越えて至っている気もすれば、そうじゃない気もする。

 

紅白をだらだら見ている。

宇多田ヒカルはどんなだろう。

紅白はそうでもないけど

ゆく年くる年をみると、ああ年が変わるなぁと思うだろうな。

 

来年はどんな一年になるのだろう。

なるべく痛みの少ない年になるといいな、と思っている。

 

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