つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

クリスマスとか

 

キリスト教徒ではないけれど

子どものころは、それなりにクリスマスというものを楽しみに思っていた気がする。

特別なことをしたわけではないけど、ケーキくらいは食べてたんじゃないだろうか。

 

クリスマスが近づくと毎年思い出すのだけど

8歳、母親が入院して喋れなくなり、

クリスマスは2年ほど中止。

13歳、父親に色々あって実家の雰囲気は地獄。

以後、クリスマスとかいう温かそうな催しは完全撤廃。

 

母親はイルミネーション好きで毎年わりと頑張ってやっていたのだけど、

それどころじゃないことが続いて

そのままクリスマスという日は

私の中で喪失のメルクマール的なものになってしまった。

いろんなものが、この季節あたりでなくなってしまったし、諦めざるを得なかったし、しんどい時期だった。

 

だからなんか、クリスマス前後は

おそらく周りとは違う意味でそわそわして

悪いことが起こりませんようにと思っている気がする。

こういう癖は他にもあって

直した方が生きやすいにせよ、

頭でどうにかできるものでは

なかなかなく。

 

生きていくというのは

便宜上設けられた暦という繰り返しの中で

その時々に目印を打ち立てて

一巡してそれを見て悲しがったり

また一巡してそれを見て寂しがったり

もう10周目を越えているのにまだいちいち律儀に傷ついたりして、

50周目くらいに、それを見てやっと懐かしく思うのか。

そうやって心を使っていくことなのかしら。

だとしたらしんどいはずだぞ、などとどうでもいいことを考えていた。

心を使うのはしんどい。悟りたい。

 

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去年は小田原城址で猿をみてたなぁ。

冬至らしいから、かぼちゃでもどうにかしよう。