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つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

霊柩車と親指と。

 

霊柩車を見かけると親指を隠す、ということについて先日ユニークな話を聞いた。

私は、その行為(親指を隠す)をやったことがない。

 

昔から、霊柩車で気になることって、飾りが龍か鳳凰かということだった。

あれって選べるのだろうか。

 

無駄に長い戒名をもらって、立派な棺(漆塗りの棺とか誰が入るんだろう?)に入って、豪勢な(龍がいて、内装はきらびやかな)霊柩車に乗って、良い骨壷に入れてもらって、無駄に大きなお墓(多磨霊園に沢山ある)に突っ込まれたりなんてすると

死んでからも非常にお金がかかるし、なんだかなぁという気分になる。

(ところで、あの遺影の背景を青系統のグラデーションにするの、あれなんなんでしょうか。なんなら衣服まで修正されてしまう。)

死ぬのもお金がかかる。

 

閑話休題

周りの子たちは、霊柩車を見るときっちり親指を隠そうと言って隠していたように思うけれど

私はそれがどうしても忌避すべきものに思えなかった。

その霊柩車に乗っている人のことを勝手に想像して、

親指を隠したそのあとに決まりが悪くなるだろうなという気持ちがあった。

 

というのを、そのユニークな話を聞いて思い出した。

 

ところで、こっちでああいう霊柩車(宮型霊柩車というらしいですね)を見ないなぁと思ったら

なんと斎場によっては禁止されているというから驚いた。

にわか調べによると、スタイリッシュな洋型霊柩車の普及は、昭和天皇の大喪の礼で使用されたことも要因だとかなんとか。

 

そういえば、多磨霊園東郷平八郎の墓がそこになったことから人気が出たとかなんとかいうし

死についても流行り廃りがあるなんて、なんというか。まあいいや。

そういうのも人間らしさなんだろうなぁ。