つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

 

酔っています。

ほろ酔いの帰り道に飲むコーラの美味しさ、すがすがしさ。

 

今夜は、あまり親しくない人複数名とご飯でした。

まあ色々話しを聞いていて、

人間ってめんどくさいなとか

人間って集まるとろくなことにならんなとか

思っていたわけですが、

でもきっとどの人も、必死に生きているんだなと思いました。

 

私がどうにも立ちいかなくなった時、

堰となるのはなんだろうかとふと考えます。

 

紐をかける欄干を探してしまう、とある人は言います。

しかしその人には確固とした堰があって、それが機能しているようです。

 

私にそういうものはあるのだろうか、と考えます。

ある気もすれば、ない気もします。

ない気もすれば、ある気もする。

 

人はどうやって、そういう時を堪えているのでしょうか。

こういう時に、宗教はなるほど確かに一つの堰の役割を担うに違いないぞと肉薄してきます。

 

近所の公園に野良猫が住み着いていて、よく遊んでもらうのだけど

これから寒さも厳しくなるし、猫たちのどれだけが越冬できるのかが心配です。

傷だらけの猫の、傷が付いていない部分を撫でてみたりすると

とてもあたたかくて、陳腐だけど、生きているというのはあたたかいということなのだなぁと思います。

 

生きていくのは大変だなぁ。

しんどさを抱えている人が、

誰かのしんどさを堂々と助長しもするし、

なんというか、複雑な様相を呈しているようです。社会とかいうものは。