つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

日常の単々とすぎさってゆく順序

 

帰りがけに、

写真美術館に行って写真展を2つ見てきた。

世界報道写真展」と「センチメンタルな旅」。

対蹠的な展示。

 

真っ青な海に、オレンジの救命胴衣をつけて浮かぶ難民の遺体

そのあまりの茫洋さ。

展示されている写真の多くが、争いを背景に含むから

反射的にこんなのは間違っているよなと思うんだけど、でもその先は真っ暗。

こんなのは間違っている、というのはおそらく正しい感覚なのだろうと思うけれど

自分で思っておいて、こんなのが指すものの正体が一体なんなのかわからない。

 

というのが世界報道写真展

 

センチメンタルな旅は、一連の写真集をすごいんだからと友人に見せてもらっていたこともあって

まったくの初見ではなかったのだけど、プロローグがよかった。

引用させてもらうと

 

「私は 日常の単々とすぎさってゆく順序になにかを感じています。」

 

という一文。

それに続く、説明のない写真の連続。

忘れまいとする強い意志を感じる。

狂ったように記録し続けること。

 

見ることのなかに、愛情というようなものも含まれるのだなぁと思う。ようになった。つい最近。

ずっと見られること、判断されること、何かを思われることが怖くて仕方なくて

人の視線というものによい印象を持っていなかったけれども

自分が見ることについて考えると

それは観察で、距離感の把握で、拒絶で、無関心ゆえの過剰な関心とか

いろいろあるのだけど

好きな人をこっそり見ているとき、なんだか不思議な気持ちでいるのを発見した。

 

今日の入場券を持っていくとオペラシティでやってる方の展示が

ちょっと安く見られるらしいので、そのうち行こうかな。

 

昨晩合流した時、ちょっとイライラしてるのかしらと思ったんだけど

元に戻ってくれてよかったです。

疲れてたのかなぁ。

アイス買いに行かせて悪いことをしました。

ピノ買ってくれた。

世の常

 

小沢健二くんについて調べていた時、

以下のブログを見つけた。

 

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2004年当時大学生だった人が、多くはない文章を残している。

この方、今どうしてるんだろう。気になる。

 

小沢健二くんの存在によって、この方は自由になった。らしい。

 

そうやって人を自由にしてしまう小沢健二くんって、どんなだ、と思う。

 

(略)

 

 

私も、もっとちゃんと

いろいろなことを考えなければ。ならないのだろう。

いろいろなことって、なんだろう。

そういうものから自由にさせてくれる存在がほしいなぁ。

そうは問屋が卸さないというのが世の常でしょうか? 

 

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されるがままお猫さん。

ノスタルジー探検隊

 

小さい頃自分が生きていた世界を

紹介したいということを昨日書いたけど

 

その世界って、別にいいことだけがあったわけじゃなくて

もう一度あれをやれと言われたらもう無理だと思う期間もその世界で展開されていたんだよなぁ。ということを思う。

 

あの時、各々がいっぱいいっぱいだったんだろうなぁと

思うようにはなったけれど。

 

ところで、東京都浴場組合のHPがなかなか今風。

詳細検索も「番台」「下駄箱が木札」とか、ノスタルジー探検隊を相手にしてるのだろうか。ぜひ「コーヒー牛乳」という項目も追加してほしいなぁ。

どうでもいいけど、昔からの銭湯に行くと

私の誕生日を構成する数字の下駄箱とか棚がないことが多いんですよね。どうでもいいけど。

あとどうでもいいけど、

私が地元の銭湯でよくその顔を見てた中核派運動家も逮捕されたのだなぁ。

彼の顔、銭湯でよく見てた。

今頃、あの顔がペケされてて

ご協力ありがとうございました、なんて書かれてるのだろうか。

 

熱めのお風呂でぶくぶくして、コーヒー牛乳飲んで、夜風で涼みながらだらだら帰ってきたい。銭湯欲がわく。

小さい頃生きていた世界

 

朝起きて

横着して空きっ腹にコーラで薬を飲んだところ

副作用が強くでて

へばっていたら日曜が終わってた。

 

これが初めてではないので

自分の学習能力のなさをつくづく実感した。

もうやるまい。たぶん。

 

話は変わりますが。

あれが安達太良山

あの光るのが阿武隈川

という有名なフレーズをたまに思い出す。

とくに福島を通るときとか。

 

そうやって故郷の山川海を紹介したくなるの、とてもよくわかる。

私の地元がもっともっと交通の便のよいところだったらなぁ、と残念に思う。

 

私も紹介したい。

自分が小さい頃生きていた世界の

山とか川とか海を。

きっと

気に入ってくれるんじゃないかなぁと思う。

神社仏閣、温泉もあるし。

 

この時期はよく高校近くの和菓子屋さんで、水まんじゅう入りのかき氷を食べたなぁ。みぞれ味。

 

ただ、圧倒的に交通の便が悪いんだよね。

ちょっとむりだなぁ、とおもう。

 

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みどり

 

遠出してた。

 

もう少し涼しいものかな、と思ってたけど

想像よりはちゃんと暑かった。

でもこっちよりはずっと過ごしやすかった。

 

楽しかったこと。

 

ローカル線。

一両編成。

ロッコみたいだった。

出口の見えないトンネルと、土埃に反射するライトが

なかなかにおどろおどろしく。

あれ、運転士さんはこわくないのかな。

慣れるのだろうか。

 

虫。

山奥だったので、虫だらけだった。

とんぼ。あめんぼ。おたまじゃくし。セミ。

よくわからない羽虫。

クワガタかなぁと思ったらカメムシの仲間らしいなにか。

 

あと、ほたる。

まだいた。ほたる。

綺麗だったなぁ。

ふわふわしてて。

近くまで寄ってきてくれた。

恋に焦がれて鳴く蝉よりも泣かぬ蛍が身を焦がす

って都都逸を思い出したり。

お互いの仕方で頑張ってほしいですけど。

もう少し早ければ、たくさんいたらしいけれど

残り蛍もそれはそれで寂びを感じていいものでした。

 

あと、カワセミもいた。

翡翠色の塊になって一直線に飛んでった。

 

星はやっぱり冬ほどは見えなかったけど

それでも目が慣れるとよく見えて

北斗七星を教えてもらって、北極星もわかった。

 

寝て起きたら曇り、のち、雨。

ざあざあ降り。

でも、雨で白くけぶる田んぼや山も素敵でよかったです。

きちんとこの時期そうあるべき姿というか。

雷とひぐらしなんかも。

 

あ、あとお話を2つ読み聞かせてもらった。

ふうむ。何だかしんどい話だったな。

宝島社から出てるあの本ってまだ買えるのかな。

 

反省点は

お酒を渡す量が多かったことです。

 

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寝たら朝になるしなぁと思って寝るのを渋って付き合ってもらっていたけど

いつ寝たか覚えてないほどすぐ寝た。のだと思う。

気がついたら明るくなってた。

おいでって言ってくれるのすごい好きなんだよなあ。ほとんど夢の中だけどちゃんと聞こえてるのだ。

 

もそもそ起きてぼーっとしてたら、障子に透けるみどりがあまりに綺麗だったので撮りました。

明日からも頑張って生きます。

今日行った記念館で見た最後の手紙に「苦しむべきことには苦しみながら生きていきましょう」と書いてあって

ううむ、と思いました。

バグ

 

じーーーーーーーっと

蝉が鳴いてる。

もう少しすると

蝉しぐれが降るんだろうな。

蝉しぐれという言葉がとても好き。

 

ふと思ったこと。

 

たまに、自分の中のバグとでもいうべき

普通じゃなさにぶつかることがある。

いつもそこにあるそれに、

たまに意識が行くという方が正しい表現だろうけど。

 

この私のなかのバグは

フェータルか否かはわからない。

まあ、おそらくいい風には作用しない。

のだと思う。

たまにそのバグを見つめて、

そのバグに見返されて

なんだかあたふたしてしまう。

そのバグを正当化する言い訳めいたことを考えてしまう。

 

ただ、私が認めようが認めまいが

それはそこにあって

それにぶつかったりつまづいたりしながら

なんとか抱えて私のままでやっていくしかないんだろうな。

 

あ、蝉が鳴きやんだ。 

 

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陽も傾いてきたし外に出るかと

近場の本屋にいって出てきたら

夕日があまりに綺麗なので

このまま帰るのも惜しいなぁと思って

駅そばのドトールに寄った。

このドトール、西向きにカウンターが配置されていて

夕日夕暮れ及び往来を眺めながらぼーっとするのにとてもよいところです。

 

 

 

一回性と反復性

 

友人が来た。

仕事で。

 

なので、一緒に朝ごはんを食べに行きました。

おかげで今とても眠い。

友人はささっと仕事にさらわれていったので

私は帰ってだらだらしながら映画でも見る。

 

社名入りのポロシャツを着てやってきた。

ちょっと対外的に愛社精神を見せようと思ってと

服装の選択理由について述べていました。

どうやら今日の仕事は、組合系の何かしららしいです。大変です。お疲れ様です。

 

アイスロイヤルミルクティーを飲みながら話を聞いていたけど

今日一番面白かったのは

アル中が原因で短期記憶を保持できなくなった写真家のエピソードを取り上げながら

一回きりの反復、というものについて思うことを話してくれたやつです。

それも熱く。

朝起きて、顔を洗ってご飯を食べて着替えて会社に行って

という多くの人が毎日毎日機械的にこなしている一連の流れ=反復性

しかしそのどれもがたったそれっきりしかないということの現実=一回性

との

なんたることか!(私の雑なまとめ)ということでした。

 

短期記憶が保持できず、たった5分前の出来事を

まっさらな出来事として体験すること。

それは、物事に対しての真摯な態度である、というようなことを

眠さと暑さで回らない頭で聞いていました。

 

マサムネくんも似たようなこと歌ってるね。と言いました。

多分歌ってた。

進化する前に戻って何もかもに感動するとかしたいとか、そんな感じで。

その歌詞好きです。そういう話じゃないか。

 

写真というのは時代の流れにさらされても

出来事を出来事そのものとして提示できるんだ、と熱く話していた。

解釈は時代によって変わるけど、

写真が提示しているものそれ自体は変わらないんだ。

とのことです。

なんか話が飛んだけどちゃんとこの間にも話はありました。

 

 

あー眠い。