つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

餃子をパクパク

 

旧居の鍵を返しに行った。

郵送にしとけばよかった。

ともあれ、これで引越しは完了した。

あとはダンボール箱の中身を少しずつ出して行けば。たぶん。

 

帰りに、新居の近くにある本屋さんに寄ってきたけど

なるほど?という品揃えだった。

週間売り上げ?ランキングの1位が中公新書の『応仁の乱』。

世相に疎いので知らないけど、流行ってるのかしら。

その下に昭和天皇実録をででーんと平積み。

文庫新書コーナーはほんの一角で、あとは雑誌。

たらば書房さんのようなお店はないものか。

 

話は変わって。

 

昨夜、「ムーンライト」を見に連れて行ってもらったのだけど

よくわからなさ6割、ううむ4割くらいの映画だった。

ある種、ラブストーリーでもあるのだろうけど。

今朝も話したけど、

人間は自分の嫌ったもの・憎んだものに回収されてしまうんだな

と思った。

 

あとは、なんだろう。

結局、どれほど身体を鍛えたとしても、心根が優しいために

最後まで愛情に傷つかなければならないんだなぁと。

(このジャンルでいうと、三島さんもそうだし、亜種に山崎晃嗣くんも控えている。)

いろんな人の解釈を読んでみよう。

 

夜、餃子をパクパク食べてたのを見て

なんだかほっこりした。男の子っぽくて。

彼が、何かものの(人の、場の)価値について

そろばんを弾く姿って想像ができないなぁと思う。

打算的でジャーナリスティック。

それを彼にやらせる(使役の形が正しいのかはわかんない)仕事というものってなんなのだろうな、と考える。

アーレントの「労働」「仕事」「活動」という考え方がぼんやり浮かぶ。

 

少し眠ろう。

 

 

引越せた

 

引越せた。

ということに、自分が一番驚いている。

 

男の人ってすごいなぁ、と思う。

重いものを持てるので。

でも望むと望まざるとにかかわらず、身体的に男性というだけで、あらゆる肉体労働に駆り出されるだろうし

大変だろうなぁとも思う。

女であることを(特に)気に入ってはいないけれど、男性であることも大変に違いない。

 

ところで、旧居からの荷物搬出が終わった後で

引越し屋さんがトラックの助手席で煙草をのんでいた。

目があって、

肉体労働後の一服、という光景から

「生きようと私は思った。」という一文が想起されて、謎に感動した。

何も焼いてないけど。

 

引越しが終わったお祝いにと、友人が晩御飯をご馳走してくれました。

隣で某作家?さんがご飯を食べており、とても賑やかでした。(うるさかった)

 

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第一お猫さんを発見した。

 

世界の終わりもこんな感じで

 

引越し目前。

 

まさか本当に引越し当日がくるなんて。(まだ来てないけど)

世界の終わりもこんな感じで、ちゃんとやってくるんだろうな。

 

近所の公園の桜は、まだ満開じゃないけれど今週末にはそれなりになるのかな。

もういないんだけど、そこに、私。

明日のうちに、近所のお猫さんたちにお別れしないと。よく遊んでもらった。

 

箱詰めが進むにつれ

がらんどうになりつつある部屋を見て、

これでいいのかなぁと言う気分になっている。

引越しの是非ではなく。

 

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今月末に、川上未映子村上春樹の対談?本が出るとは。楽しみ。

いつも何かしら残してくれる

 

天気がいいよ、散歩に行こう。

というお誘いを受けて、まあそれもそうだなと引越しの用意を放り出して

ふらふらと街へ出ました。

良い気分転換になった気がします。

 

留守電、いつも何かしら残してくれるの、律儀だなぁと思います。

少し前に、携帯電話を通して聴く声はその人の本当の声ではないというショッキングなことを聞いたけれど、そんなことはどうでもいいや。

私にとっては特別な声に違いない。

 

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孔雀。

 

心配してもらうことって

何だか、自分のダメさを突きつけられているようで、落ち込む。

実際ダメダメな人間なのに

ふりでも何でもいいから、ちゃんとしていないと、という気持ちばかりが大きい。

笑われそう。もうずいぶんダメなところを見せてしまっているのに。

きっと、ちゃんとしてるよとか、あるいはちゃんとしなくたっていいよと言ってくれるのだろうけど。

拙くて、うまくいかない。

 

同じように悲しくて、バラバラに苦しい

 

寝て起きたら4月になっていた。

久しぶりに髪を切った。さっぱりした。

 

外に出たついでに、映画も見てきた。

「息の跡」。

友人のお知り合いらしく、前から見てきてよと言われていたのだった。

 

静かで前向き(という表現が適切かはわからないけど)な映画だけれど、きついなぁと思って見た。

震災と被災者の記録映画というだけでなく、

都市部でなく地方で生き、生き終えて行く人たちの記録でもあるなぁと思う。

胸が詰まる。故郷と、そこで生きていた人たちのことを思い出して。

 

人は容れ物なんだなと、この映画を見て改めて思った。

いろいろなものを溜めて生きていくし、

生きていると不可避にいろいろなものが溜まっていく。

 

ラストカットが特にいいなぁと思ったのだけど

それは私があの一帯に連れて行ってもらったことがあって

友人と、そういう話をしていたのが大きいのだろうと思う。

 

津波にのまれた町をかさ上げして、新たな町を築くことへの期待と葛藤。

古い町を、亡くなった人を踏みつけるという思いと

古い町と、いなくなった人たちと一緒に上がるという思いと。

そういう話を書きたいと思うけれど伝わるかな、と友人から相談されたことがあって

伝わるよと答えたことがあった。

その時のことを思い出した。

 

作中、佐藤さんが言う。

みんな同じように悲しくて、

そしてみんなバラバラに苦しいのだ。

 

 

 

そうやって、少しずつ、係留されている

 

山中湖畔に、旭日丘というバス停がある。

昔、そこのバス停に座ってバスを待っていた時のことをたまに思い出す。

星が見えて、遠くに多くはない住宅やら宿の明かりが見えて。

それらの灯りの揺らめきを綺麗だなぁと思って見ていた。

 

そうやってぼーっとしていたら

おそらく今の私くらいの男の人が、

よければどうぞと牛乳とドーナツをわざわざ買ってきてくれたのでした。

 

そうやって、少しずつ、私は係留されているんだなと思う。

 

人に親切にしてもらった時、何かしらに感謝してもらった時

弛んでいる縄を手繰ってもらっている気がする。

 

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先日の桜。

 

 

11月生まれの男の子たちについて

 

かなり前に話した記憶のある

高校生の頃に付き合っていた人のことを

覚えていたのはびっくりした。

 

2年ほど前、その人がいるところに地元の友人と遊びに行った時には

友人が悪ふざけで呼び出そうとしたりしてた。

 

苗字も名前もユニークな人で

他者に思いやりのある男の子だったなぁ。 

大学でそれぞれ別の土地に行って、

はじめのGWか何かに

彼がこちらにくるというので

遠いところからくるお金がもったいないし、それなら実家に帰ってあげたほうが価値あるお金の使い方だと思う

というようなことを言った。

半分本心で、

半分は正直きてほしくなかったのだった。

ひどいことをしたなと思う。

 

今やテンション高めの企業で働くIくんとは

高校生の頃に本の貸し借りをしてた。

懐かしい。

ミステリー小説なんて読まないけど、その時は読んでた。

 

どちらも11月生まれの男の子だったな。

 

ふたりとも元気だといいのだけど。