つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

大人になる過程で重力が発見されて

 

今日は、なんと、運動をした。

 

先日、友人とお茶をした時に

ボルタリングをやろうよ、と誘われていたので

流行りに乗じてか遅れてか、行ってみたのでした。

体を動かしていたら変な事を考えずに済むのかなぁ、と期待したというのもあったけど。

 

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のぼる

 

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のぼる

 

子供の頃って、雲梯も登り棒も木登りも

それこそスイスイできたのに

大人になる過程で重力が発見されて地面に縫い付けられるようになるのはなぜでしょう。

 

そんなに高いところまで登るわけではないけれども。

 

たかだか2時間半くらいしかやってないけど

このスポーツは、腕というより足はこびが大切なんだろうなと思った。

 

素人なので、腕に任せてえいやとやっちゃうから

明日は筋肉痛だろうなぁ。

というか、すでに腕が重い。

 

そのあと買い物をして

うちで

引越し祝いにもらったたこ焼き器でたこ焼きを作って食べ

だらだらして、アイスを食べて、さっき友人が帰って行った。

 

人とテレビを見るのって難しい。

私は普段あまりテレビを見ないし、

お笑いというものにあまり興味もないから最近はやりの芸人については知らないし。

 

友人がテレビを見ながら、この人は好きじゃない、面白くない、

ネタも面白くなければワイドショーでのコメントも気が利いていなくて面白くない

というのを聞いていて、ややうんざりして疲れたのでした。

 

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いろんなコースがあった。

こんなことをした、と言ったら驚くかなぁ。

梅雨も本気出してきた、という表現好きだな。

 

気合を入れて寝よう。

ずっと、について

 

人から言われたいやなことを、

呪いのように自分のあちこちに貼り付けて生きてきたのだと思う。

 

気にしまい、忘れよう、と思うたび

それは明らかにそう言われたことを意識しているし

意識する回数が多ければ多いほど、記憶に定着はしやすいだろう。

 

ずっと、という言葉についてしばしば考える。

今日も風吹きすさぶ駅のホームでぼーっと電車を待ちながら

その言葉について考えていた。

 

ずっと好きである、と言ってもらうことについて

その ずっと について

私はそれこそずっと不思議で仕方なかった。

ずっと、なんてありっこないのになぁと思っていたから。

気持ちなんて不確かなものについて、

この今の時点で永続しそうに思えたとしても、

それを ずっと という言葉にのせて自らの体の外に出すという行為は

なんて勇気があるのだろう。

勇気というより、蛮勇。

 

彼と私は、似ているのだと思っていたけど

全然違うな。

 

ずっと、という言葉の解釈ひとつとっても、きっと。

彼は私なんかよりずっとずっと大人だから、

私が考えているようなことなんかも含めた上で、

それでもおそらく、ずっとという言葉をつかっているのだろうと思う。

 

私は、ずっとなんてないと思う。

彼も、ずっとなんてないとわかってはいるけれども

そのひと時におけるずっと、は

少なくともその瞬間におけるずっとは、瞬間として永続するのだと信じている(あるいは、信じることを意志している)のだろうな。

私はずっとなんてないと思うけど、彼のことはこの先もずっと好きだろうなと思う。

気持ちというのは不思議で、

言葉の上では絶対的に矛盾することがその内においては全然矛盾していない。

 

ファウストのように

その先に何があるかも忘れて、時よ止まれ!と人生の瞬間の肯定を通じて人生そのものを最大に肯定する側の人間であれたらな、と、そんなことを思った。

その後救われるかどうかは別として。

それが自分の墓穴を掘る音に対する心からの賞賛であったとしても。

 

そしてもうひとつ。

彼は私に善き呪いをかけようとしてくれているのだろうなと思う。

それこそ初めて会った時からずっと。

 

なんて書いたけど、

結局、私は彼ではないからほんとのところは何もわからない。

特に意味なくつかってるのかもしれない。

ずっと、という言葉についてですが

なんて聞く勇気もない。

 

そもそも私は好きと言い表すこともあまりないし

現時点までずっと、と言うことはあっても

方向を宙に浮かせたずっと、をつかったのは

おそらく今までで2回くらいしかないと思う。

ずっと、という言葉について

ずっとそういうことを思っていて

でも、見境がない

ずっとという気持ちはずっと自分の内に確かに存在していた。

ずっと、というのは、一瞬と同義なのかもしれない。

ある一瞬にたちあらわれたものは

その一瞬そのものとして永続する。

あるいは、ある一瞬たちあらわれたものをずっと抱えて生きていくこともできる。

のかもしれない。

 

やはり、ずっとはよくわからない。

 

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私があらゆることに意味を求めすぎているんだろうな。

 

自ら進んで人に触れることって

まあないんだけど

たまに人に触ると

その人がちゃんと生きてるということがわかって

そのことに不思議な感動を覚える。

 

そして人によっては

その人が生きているというその感覚を離したくないなと思う。

 

生体と非生体の明確な違いってなんだろうね。

生体の定義ってなんだろう。

 

安部公房は、死んだら炭酸カルシウムになるだけだとかなんとか言ってたらしい。

というか、安部公房の死に対する認識って興味深い。

 

それはまあそれとして。

 

たしかに死んだら人間の身体は法的にも

モノになるのだろうけど

じゃあその人ってどうやってその物体たる肉体に宿っていたんだろう。

そして私が人に触れるとき

物体であるその肉体に触れて

どうしてそれをその人だと認識し

人によってはなぜ愛おしいとまで思うんだろうか。

脳の機能かな。

もしかしたら、魂と呼ぶべき何かがあるのかもな。

とか物心二元論的なことをぼんやり思ってるけど

ボキャ貧だから上手く言えない。

 

最近買った、monkeyという文芸誌に載ってた

伊藤比呂美の「死んでいく人」というエッセイを興味深く読んだ。

あれ面白かった。

 

 

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梅雨というのに過ごしやすい。

さらっと転向

 

本日も無事にごろごろだらだらした。

した、というかさせてもらった。

 

スーツについて少し詳しくなった。

センターベントとサイドベンツ。

なるほどなるほど。

センターディンプルもこないだ実演してもらったし。

 

怒るって本当に体力を使うよね。

SNSとかみてると

誰かが何かについていつも怒ってる。

まぁでも怒りという感情を素直に発露するのは

体に良さそうだし、健全なことなのかも。

 

義憤に駆られて

私がなんかをこさえようとしたら

きょーぼーざいでしょっぴかれて

プロレタリアートの意地を見せることなく

さらっと転向して

世の中が落ち着いたところで

あいつは転向したぞと世間に石を投げられて

という感じのところまで想像した。

三木清やら尾崎秀実やら小林多喜二やら

すごいなぁ。

 

なんか寒い。

帰ったらあったかいお茶飲もう。

 

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笹塚

 

顎ってしゃりしゃりしてよいんだけど

毎回やってたら嫌われそうだから自重しないと。

 

 

裏ごし

 

体調がよくなくて

朝昼使い物にならなかったのだけど

今になって身体が楽になって

かぼちゃスープでも作るかと思い立ち

玉ねぎをスライスして

かぼちゃを切って、とやっていた。

 

玉ねぎをバターで炒める作業、好き。

色も香りも。

 

0時前にやる裏ごし作業も

たまには精神衛生を保つのにいいかも。

しれない。

 

なんだかんだ

仙台行きも近づいてきたなぁ。

私が行く予定にしてる日の

前夜にこいと執拗に求められてるのだけど

そんなに私に会いたいわけでもなしになぁ。

 

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iPhoneで撮れた蛍火

 

夕方、

駅前で缶チューハイを飲んでる

おそらくは土木関係のお仕事をされてるだろう男性たちを見かけることが多い。

 

駅前で缶チューハイを飲むのも

汗のにおいも

ごつめでがさつそうな男の人も

どちらかというと苦手なのだけど。

 

でもその光景を見るのが好きで。

労働というか体を動かすことと

生きているという状態とが

地続きだなぁと

彼らを見ると思うし、

不思議に感動さえする。

 

日焼けして

がさついた顔が夕日に照らされる美しさ。

 

スーツを着たサラリーマンも

同じなのだろうけど。

 

前者の方が肉体というものを

露骨に感じさせる何かがあるんだろうな。

彼らの肉体は確かに彼らの手の内にあると感じさせる何か。

 

昼寝したい

 

梅雨だというのに

ここ最近過ごしやすい日が多いのは気のせいなのかな。

 

三浦半島を南下する。

京急に乗ると、くるり赤い電車が脳内BGMになる。

 

最近考えていたことについて

書こうと思ったけど

思考が散逸した。

 

あらゆる感情は、フィックスされない。

細くなりながら太くなりながら途切れながら

それでも続くなら、それはそれでよく。

続かないなら、それもそれでいいんだろうな。たぶん。

自分がかつてそう感じたこととか

今そう感じることに

素直にならないと

人生はあっという間に消えていくんだろうな。

 

いい天気だし外で昼寝したい。

 

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白基調

後ろのくまさんのおみ足が。

帰ったらなおそう……。