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つくねん

思ったことや感じたことを書きとめる場として。

曖昧なお話をしていたい

 

今朝、唯一残っていた右下の部屋の人が引越していった。

私もまもなく引越すから

この1か月で住人が総入れ替えになる。

時機なんだろうな。

 

今日は少し花見をして、

ジャケットやコートが欲しいという友人についてふらふらした。

 

私の好みによっても色んな服を試着してもらった。

友人は細身だから、細身のジャケットなどを着てもらって喜んでいた。

楽しかったです。

 

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先日、ド理系の人とご飯を食べてた時に

話すことがなくて

この時点での、今あなたとご飯を食べている点Qの私と、今まさに死なんとしてる点Rの私と、10年くらい前の色々わちゃわちゃしてる点Pの私、と言った具合に刹那刹那の私(たち)が

複数の世界線にではなく、この世界において同時に存在しているのではないか

ということを最近よく考えるんですよね。

(宿命論者みたいだなぁ)

とかってわけのわからないことを話したら、(微積分の話からそうなった気がする)

真面目な顔で

今というものの唯一性と

だから今に注力して生きていくべきだということを説かれて

そうじゃないんだけどなぁと思いました。

 

そりゃごもっともなんだけど、

私はそれこそこの今において

今というものの唯一性を四角四面にお説教されたくはないんだよなぁ。

 

やはり、気の合う友人と

曖昧なお話をしていたい。

それが一番楽しいことのような気がする。

 

 

こういう日に迎えにきてくれる人が

 

飲み会のかえり。

危うく帰れなくなるところだった。

 

村上春樹ファンという人と話をして

どの作品が好きかという話になりました。

その他、ドイツ文学を読むらしくて

その人のことを少し

気にするようになるだろうなぁと思いました。

 

しかし

好いたり嫌ったり、めんどくさいなぁ。

 

こういう日に迎えにきてくれる人がいたらな。

いないものはいない。

ないものはない。

それがすべてだけど。

 

 

 

さくっと嫌な思い出を削除したとして

 

今日、

ニューロンに形成された何かに光を照射することで

トラウマを形成した記憶を消すことに成功したみたいな記事を読んだ。

 

エターナル・サンシャイン」そのまんまだなぁと思った。

それから、

苦痛をもたらす記憶を消すということそれ自体についてぼんやり考えていた。

この技術の実用化が現実味を帯びたときには

臨床倫理の問題にもなりそうだけど。

 

この操作が実用化されることを好ましいと思えない。現時点では。

 

それが苦痛をもたらすとしても

記憶というものを尊いと思っているらしい。多分。

 

また、

例えば記憶は消されず

そこから苦痛だけをすっかり取り除けたとしても

それもどうなのかな、と思う。

 

痛みがあることそれ自体に価値を見出しているわけではないと思うのだけど

結局、そうやって痛がってきたということが

物語を肥大させてるんだろうな。

 

で、

同じく今日

身体性というものについて言及している小文を読んだ。

現代は身体性が希薄で

心身の繋がりを体感したときに人は安心するものだという感じ。ざっくり。

何かしらの嫌な思い出を反芻して痛がっているうちに

好ましくない身体性が再現(再生産)されて

自家中毒に陥るのだろうな。

 

でもでも、

サクッと嫌な思い出を削除したところで

精神的安定は手にはいるのだろうか。

人はこのようにして物語から解放され得るのだろうか。

よくわかんないなぁ。

 

とかそんなことを思いながらコンビニでピノを買いました。

 

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 ふすま。

お酒に飲まれないように

 

今朝見たハクモクレンが満開だった。

モクレンよりはハクモクレンが好きだなぁ。 

 

すぐに散ってしまうけど。

朝日に照らされながら大きな花びらがポツポツ散っていくのもすごく好きで

いつまででも見ていられるくらい。

花びらが開ききる前と散る時が美しい花だなと思う。

来週あたりに桜も見頃になるんだろうなぁ。

 

昨夜、友人がべろんべろんになって電話をかけてきた。

かけてきた、というか、とるまで鳴らし続けてきたというか。

開口一番、俺は世界を股にかけるからねとかそういう感じで

発言は面白いけれど、とっても面倒くさかった。

今日、記憶がない。怒ってる?ときたけど

(そもそもなぜそんなになるまで飲むのだろう。と)呆れている、と返した。

 

この金曜日も、珍しく飲み会だけど

自分もお酒に飲まれないように気をつけようと思います。

 

飲み会の盛り上がりもたまに、少し、

はいいけれど

やっぱり

友人と缶ビール片手にブラブラ歩きながら花見、というくらいが

私にはちょうど良い塩梅だと思います。

 

 

人生で一番褒められている

 

昨日は珍しく私がはやくついたので

改札から少し外れたベンチに座ってぼーっとしてた。

 

相手がやってくるのが見えて、

それでなんだか

どんどん気持ちがしんどくなってしまい

そのまま2、3分くらい、ぼーっと見てました。

 

気が重くて重くて

地中に埋まっていきそうで

でも怒られもせず

頭が全くまわらなかった。

 

彼にとっての

私の必要性みたいなものが

全くないという考え(あるいは事実)が

頭をもたげて

どんどんしんどくなるのを感じていた。

 

魔よけみたいに

前後即因果の誤謬、前後即因果の誤謬と頭の中で唱えていました。

効果はなかった。

 

それでも

愛想の悪い野良猫に話しかける人みたいな感じで

根気強く付き合ってくれて(根気強いなんてものじゃないなと思う)

気が浮上してきたのだけど。

こういうのだって、労力ばかりかかって

彼にデメリットこそあれ

メリットって何もないわけで。

一体何をやらせてるんだろうなと思う。

搾取してばかり。

どうすれば、迷惑をかけない安定した精神を手に入れられるのだろう。

運動すればよいのかな。

 

面倒くさくて(かつ不安で)仕方ない引越しについても

だらだら準備が進んでいることを称揚してくれました。

そんなことで褒められないということでも褒めてくれるので

人生で今一番褒められています。

 

最近人気の高橋一生さんにつきまして、

名前の呼び方がわからなかったので、

ちょっとはテレビも雑誌も見た方がいいのかもしれません。

よい帰り道

 

わりと久しぶりに会う人たちと飲みました。

楽しかったなぁ。

おそくなっちゃった。

 

酔っぱらってるから

何を話したかとか細部をすでに覚えてはないけど

楽しかったという手触りは残っていて

よい帰り道です。

 

 

 

 

 

 

飲みたいときもある

 

明日は珍しく飲み会(3人以上)の予定がある。

 

そして昨日、友人から土曜の夜飲みに行こうというお誘い。

そんなに飲む人じゃないから珍しいなぁと思って、

珍しいですねと返したら

飲みたいときもあるよ、と返ってきた。

わかるけど。

 

明日も明後日も、魚メインの店のよう。

 

何か食べたいものある?と聞かれたけど

最近食べたいなと思うのは、いたどりとかゼンマイとかで

なかなか難しいだろうし、あっさりしたものと言ったら魚に落ち着いた。

 

東急線沿いにあるという、私の地元の料理を出す珍しいお店にも行ってみたいけど

それはまた今度。