つくねん

ただの日記

寝すぎている

 

昨日

人にマッサージをさせたからなのだろうけど、

朝起きたら寝違えが軽くなっていた。

明日には完全に治るといいなぁ。

 

そういえば

20年ぶりくらいに

ホルモンなるものを口に入れたけど、

わああ、ってなったのでやはり食べるのは難しそうということがわかった。

まずふにゅふにゅしてる食感がだめだし、

よくわからない油っぽさがだめ。

道のりは遠い。

 

寝てる人にちょっかいをかけにいったら

手を払われて

ちょっとショックを受けた。

夢の中で蚊か何かだったのかも。 

 

でも、

先日よりは元気そうで安心した。

眠れているというし、よかったよかった。

私は寝すぎている。

僕の暇な時間の中で君を眠らせてあげたいくらいだよ、というような一文がノルウェイの森にあったなぁ。

だいたいそんな気分。

パケットみたいに睡眠時間をわけられたらいいのにね。

そしたら一層頑張って寝るなぁ。

 

いつの間にか夏至も過ぎていたらしい。

いためた首肩が痛い。

ねむい。

 

なにも決めたくないし、

どこにも行きたくないけど、

いつもどこかへは行きたいし、

選べるならたったひとつを選びたい。

 

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免許取れば、と言われて

うーん日常で必要性がないから……と言ったら

いつか引っ越すかも。

なんて言われた。

手土産

 

なんか疲れてそうだった。

大丈夫かしら。

 

好きな人と、

同じ本が鞄にはいっているということ。

それだけでちょっと心が守られているような気分になる。

 

人へのちょっとしたお礼を買いに行って

女将さんの素敵な接客と

個人的にもここのお菓子が好きなのと

試食させてくれたのが美味しかったのとで

ふと思い立って手土産に買ったけど、

マンゴー好きそうではなかったなぁ。

疲れてる時には甘いものがいいだろうということで押し付けちゃったけど。

 

不在期間

 

今日人と話してたら

下手したら娘でもおかしくない年齢ですよね、

なんて言われて

はあ……と言葉に詰まってしまった。

その沈黙を、嫌悪という意思表示のようにとられたようだけど、

嫌もなにも、

単に父親がいるという感覚がわからなくなって久しいので、

どんなもんだっけな、と考えていただけ。

 

どうやらまもなく、

父親という存在の不在期間が

私の人生の半分に達するらしい。

ついにこの時が来たかと感慨深いものがある。

特になにも起こらないだろうけど。

きっと同じような人は、

同じようにその日を意識したりするのではないかしら。

わかんないけど。

 

どうでもいいけど、

この人こんなにかっこよかったっけ?と思った。

なるほどなぁ。なんだか。

あれかなぁ。いろんなものが重なってそう見えるだけかな。

きっとそうだなぁ。じゃないと髪をわしゃっとしたいなんて思わないよな。

 

中央公論から出ていたという三島さんの日記を読む。

出してたんならもっと早く言ってほしいなぁ。中央公論

三島由紀夫おぼえがき」も中公文庫だし、

冊数は少ないけど、いい本をだしてくれてありがとうございますという感じである。

気がつかなかったのは、単に本屋に行かなかった私が悪い。

 

25歳の三島さん、

 

「日本の古い修養書は芸術論として読むべし。ワイルドの「獄中記」の如き、まるでそのまま「悪人正機」なり。」

 

と書いてある。

20年後も彼にとって、日本の古い修養書は芸術論のままだったんだろうか。果たして。

 

 

危ない

 

月がきれいな夜だなぁ。

さっきまでは大丈夫だったのに

急に人生の意味みたいなものに囚われて、

人のおもて面ばかりをみては

この人の人生には意味もやりがいもありそうだな。

なんて不躾なことを思い、

それに比べて私のなにもなさよ。と

傲岸なことを感じたりする。

そしてどこかへ行きたくなる。

ちょっとしたハイキングでもいい。

今朝方ちょうど

それっぽいものに誘ってもらったけれど、

相手はよく山に登っているようなので

慢性運動不足の私はお荷物になりそう。

ただ、静かな場所を黙々と歩きたい。

あるいはそこで眠りたい。

適当な場所はないかしら。

 

つい最近知った俳句のことを思う。

知らないその人のことを少し想像して、

知っている人のことを考える。

 

友人から、

君の兄弟から電話がきた。と連絡があって

びっくりした。

距離感のおかしさ。

いろんなものを踏み越えていく。

先日、友人とご飯を食べた。

一度無理やり、

うちの皆さんと同席させられてから

よく私と私以外の家族との比較を口にする。

あの中で君一人だけが

そんな風になるなんて変なものだね、と言う。

 

なにか人生に意味や価値を見出せそうなこと、ないものだろうか。

こういう考えが危ないんだなぁ、きっと。

ここ数ヶ月、近所で、熱心に人間革命をお読みになっている40歳くらいの男性を見る。

私はその人を、気にして見ている。

彼はもちろん私なんか見たりしない。

なにもない

 

私の地元に旅行するかもしれなくて、

どうしよう、

どこもなにも見るものがないぞ……

と慌てている。

その一方で、

不思議なことに

私は私の生まれて育ったところを

好きになるとまではいかなくても

好ましい場所だと思ってほしいな、

という気持ちにもなっていて

でも見せる場所もないから

どうしようね……とふりだしにもどる。

 

本当に何も思い浮かばないので、

観光客(そこまでくる時点で物好きだなと思うけど)はどこでなにをするのかしらと思って、

本屋でガイドブックなど立ち読みしてみたけど

やはりそこにも何もなかった。

どうすればいいのだろう。

何もないというのを刷り込んでいくしかないかもしれない。

あと無駄に遠いということも。

本当に遠いので、もう飽き飽きしてきちゃうんだよなぁ。

乗り心地もよくない電車のなかで。

梅雨なのに

 

今日は昨日と打って変わって

とても綺麗に晴れた日だから

じゃあと別れるのが寂しいのかなぁと思ったけれど

よく考えなくても

いつも寂しいし、

でもそんなこと言っても仕方ないなとも思うし、

だけどやっぱり寂しいので

ちょっと寂しかったと言ってみたりした。

会っても会っても慣れずに寂しいとか、

噛めば噛むほどという乾物のような趣がある。

 

ほんといい天気だなぁ。

梅雨なのに。

これくらいで夏が過ぎていくと嬉しいんだけどな。

 

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